1月17日

おはようございます。




昨日は




結構飲んだけど




二日酔いとか




全然大丈夫そーや




よかったよかった。




今日からまた仕事




今日も1日がんばります。











お休みの事書こうかと思ったんですが




やっぱり今日は




22年前の事書こうかな。




22年前は




まだ学生で




美容学校に行ってました。




大阪まで




2時間近くかけて




満員電車に揺られ




バカデカい荷物を持って(←めっちゃ迷惑)




あの日の朝も




夜中の3時頃




バイトから帰ってきて (←バイト禁止やったけどww)




学校行くまでにもうひと眠りして




そろそろ起きんとな~と




意識がほわぁ~としてる時に




グラグラグラー




っと。。。




辺りはまだ薄暗く




何が起きたのか




一瞬わからん感じ。




ただ何となく




部屋中が





ぐっしゃぐしゃなんだけはわかる。




上からテレビは落ちてくるわで




必死で布団被って




防御した。




電気つかない




足の踏み場が。。。




家の中わやくちゃだけなのはわかる。




ポータブルTVで(←当時からガジェット好きwwこんなの持ってる人あまりいなかった(笑))




ニュースみる




地震だという事がわかる。




しかし




どーしたらいいのか全くわからない。




うちには2コ上の兄と2人。




とりあえず生きている。




親は2人とも大阪(商売してたから)




無力さだけを感じる。




水は出ない




ガスはプロパンガスやったから火はつく。




石油ストーブだけある。




しかしまた余震がくるから




ストーブも恐い。




辺りも明るくなってきて




段々




事の大きさに気付いていく。




近所のおばちゃんに




工場(家の近くにうちの工場があった)見てこいと言われる。




2階が1階になってた。。。




中に入ろうとしたが




やめとけと止められた。




ただ立ち尽くすしかなかった。




これからどーなっていくかの恐怖




余震の恐怖




親も近くにいない




メシはどーすんねん




そんな時に




電話は繋がってた。




親から電話もあった




『大丈夫か?』




大丈夫というしかなかった。




とりあえず生きていたから。。。




そしてまた電話




美容学校からだった。




『大丈夫か?』




「はい」




『そしたら明日どないしてでもいいから学校にきなさい』




次の日から




研修旅行だった。




しかし




バカなのか?




こんな状況で




学校こいって。




これで学校が嫌いになった。(まぁ好きでもなかったけど)







時間がヤバい(笑)




じゃ今日はこのへんで。




とりあえず




生きててよかった。






tomo

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